福岡市で10年以上経営して見えてきた、起業の失敗と生々しい辛み|資金調達より自力で稼ぐと決めるまで
起業は、外から見たよりも内側にいる方がずっと泥臭い仕事です。SNSの投稿でも、ピッチの舞台でも、メディアの記事でも、事業のハイライトの部分は見やすく編集されていますが、そこに至るまでの日々は、ほとんどの場合、地味で、退屈で、時に苦しい時間の積み重ねで出来ています。
この記事は、成功譚ではありません。福岡で10年以上、一つの会社を畳まずに続けてきた一人の経営者が、失敗や資金調達の不首尾、外部評価に揺さぶられた時間、そしてそれらの後に自分の中に残ったものを、できるだけ誇張せずに振り返る内省的な文章です。
読み物としては、華やかな部分は少なめです。その代わり、多くの起業家が実際に経験しているであろう痛みと、それでも続けるうちに少しずつ形になった判断基準を、丁寧に言葉にしたつもりです。ここで書くことは、他の誰かへの批判ではなく、自分への戒めでもあります。
結論から先に書いておきます。資金調達は悪いことではありません。それを目指して戦った時間を否定する気もありません。ただ、自分にとっては、「外部からの資本を入れて大きくする道」よりも、「自分の手で稼ぎながら静かに続ける道」の方が、結果として合っていました。その判断に至るまでの時間を、順を追って書いていきます。
福岡で10年以上経営してきて見えたこと
福岡で会社を立ち上げてから、10年以上が経ちました。この間、数えきれないほどの起業家と出会い、同じだけの数の事業が生まれては消えていくのを、静かな距離から見てきました。華やかに登場したチームが数年でいなくなることも、逆に最初は注目されなかった個人が地味に伸び続けることも、どちらも同じくらい現実として起きます。
地方のエコシステムは、コミュニティが狭い分、噂も評価も速く伝わります。誰かの成功話も失敗話も、知人を通じて間接的に耳に入ってきますし、逆に自分のことも、自分が意識しないところで誰かの話題になっていたりします。この近さは、恵みにも呪いにもなります。
恵みの側面で言えば、先輩や同世代の経営者との距離が近く、生きたアドバイスを短い時間で得やすい環境があります。呪いの側面で言えば、事業の実態以上に「誰が今目立っているか」という空気に支配されやすく、誰かの評価が自分の尊厳や判断に影響を与えがちな危うさがあります。
10年経って分かったのは、この「近さ」とどう距離をとって付き合うかが、地方で長く続けるための地味な技能だということでした。情報を受け取りすぎず、切り離しすぎず、自分の仕事のペースを守る——言葉にすると単純ですが、実際に体得するには、それなりの時間と、いくつかの痛い経験が必要でした。
自分は比較的、稼ぐ力のある側の人間だった
正直に書いておきたいのは、起業家としての自分は、同世代の多くの創業者と比べて、純粋に「稼ぐ」という点ではやや有利な条件から始まったということです。バックグラウンドとしてエンジニアリングの経験があり、特にフロントエンドやアプリ開発の領域で、手を動かしてお金にするまでの距離が比較的短かったからです。
これは能力の自慢ではなく、単なる条件です。ある職能を一定以上の水準で持っていれば、受託・準委任・スポットのサポートなど、いくつかの道で継続的に収益を作ることができます。会社に現金が入り続ける状態を保ちやすい、という意味で、精神の余白を確保できる側の起業家だったと思います。
ただ、この条件は「起業家として優れている」ということとは別物です。稼げるからといって、事業として伸びていくわけでも、チームを率いる力があるわけでも、優れた戦略を立てられるわけでもありません。むしろ、手を動かすことで食い繋げてしまうゆえに、経営としての組み立ての甘さを長く見えにくくしてしまう側面もありました。
このあたりの「稼ぐ力」と「経営する力」のズレは、10年の中で何度も痛感しました。稼げるから安心と、経営が健全は、必ずしも同じ意味ではありません。
それでも資金調達はうまくいかなかった
ピッチや機会には向き合ってきた
起業してから数年間、資金調達は真正面から取り組んだテーマの一つでした。国内のピッチイベントにはそれなりの頻度で応募し、登壇の機会も何度かいただきました。投資家との面談も、記憶している限りで何十件かありました。サービス資料、事業計画、財務モデル——どれも何度も書き直しました。
準備に投じた時間は、決して軽くはありませんでした。ピッチ練習のために真夜中に鏡の前で繰り返したこと、仮定の数字を詰めるために休日を費やしたこと、海外投資家からの質問に答える英語を毎回ゼロから組み立てたこと——どれも、今でも身体の記憶として残っています。
外から見える評価と、実際の結果は一致しなかった
奇妙なのは、「外から見える評価」と「実際に資金が入るかどうか」が、必ずしも一致しなかったことです。登壇後にSNSで言及していただいたり、後から連絡をいただいたりすることはありました。しかし、そこから具体的な投資の話に進むケースは、自分の場合はあまり多くありませんでした。
事業内容そのものが、ハイリターン型のスタートアップ投資と相性が悪かった、というのも一因だったと今は思います。自分が作ろうとしていた事業は、急拡大というよりは、地味に積み上げるタイプの性質を持っていました。投資家の期待値と、自社の本質とのあいだに、構造的なズレがあったのだろうと振り返って思います。
何度やってもうまくいかない苦しさがあった
努力の総量と結果の間に乖離がある時間は、精神的に重たいものです。「なぜうまくいかないのか」「自分の能力が足りないのか」「事業の筋が悪いのか」「伝え方が悪いのか」——夜中に一人で自問する時間が、長い期間続きました。この苦しさは、結果だけでなく、自己像そのものを削る類のものでした。同じ苦しさを今も抱えている起業家がいると思います。このセクションで書きたいのは、その苦しさは珍しいものではなく、むしろかなり普遍的な経験だ、ということです。
起業の辛さは、結果だけではなく人間関係にも出る
経営の辛さは、数字の話だけでは語り切れません。人間関係の中で差し込まれる何気ない一言が、思った以上に長く残ることがあります。ここで書くのは、特定の誰かを指す話ではありません。起業の現場で起きやすい、構造的に発生しがちな場面の話です。
ある時期、いくつかの場面で、当時目立っていた受賞者や、注目を集めていた起業家から、軽く見下されるような発言を受けたことがありました。侮蔑というよりは、価値観の違いから出る短い一言だったと思います。本人たちにその自覚はなかったかもしれません。けれど、苦しい時期の自分には、それらの言葉が思った以上に深く沈みました。
別のある時期には、地元のベンチャーキャピタリストの方から、「あなたにはビジネスセンスがない」という主旨の評価をいただいたこともあります。その言葉は当時の自分にとっては重たいもので、しばらくの間、自分の判断そのものに疑いを抱える原因になりました。
今振り返って書きたいのは、これらの発言が間違っていたとか、私が正しかったとか、そういう種類の話ではありません。当時の自分には本当に経営のセンスが足りなかったかもしれませんし、見下されるだけの実績不足だったのも事実だろうと思います。それでも、外からかけられた言葉が、内側から自分を評価し直すきっかけにならず、むしろ自分の中の基準を歪ませる力を持つ時期がある——その現実は、書き残しておく価値があると思いました。
この経験から学んだのは、他人の一言で自分の進路を決めてはいけない、という当たり前のことです。評価は、本人が思っている以上に一時的で、発言者自身もその言葉に数年後責任を持っていません。言葉を信じるなら、時間をかけて信じる対象を選ぶ必要があります。
創業5年あたりから「調達より自力で稼ぐ方がいい」と思うようになった
創業から5年目あたりだったと記憶していますが、自分の中で、少しずつ哲学が変わり始めました。資金調達の道を否定するわけではない。ただ、自分と自分の事業の性質にとっては、「調達して大きくする」より「自力で稼いで静かに続ける」方が、むしろ事業を健やかに保てるのではないか、という考えが、少しずつ実感として育ってきたのです。
理由はいくつかありました。第一に、数年間の調達チャレンジの中で、外部の期待値に合わせるために事業そのものを歪める瞬間が、自分にも何度か生まれたことを自覚したからです。相手の言葉に合わせて計画を書き換え、本来やりたい方向とは少し違う道筋を語り、そのたびに事業の軸が揺れました。
第二に、自力で稼ぐ道は、進み方は遅くとも、判断の自由が残るというシンプルな事実に気づいたからです。自社のキャッシュで回っている限り、何を作るか、誰と組むか、どのスピードで動くか——これらを自分の責任で決めることができます。その自由は、調達型の経営で手に入れる成長速度と引き換えに手放される部分でもあります。どちらが良いかではなく、自分はどちらが向いているのか、という問いでした。
この傾向は、世界的な感染症の時期を経て、自分の中でさらに明確になりました。先行きが大きく揺らぐ時期には、派手な成長計画よりも、手元のキャッシュと顧客の信頼の方が、精神の支えになりました。あの時期を、自力で稼ぐ経営の筋肉がついていた状態で迎えられたことは、間違いなく幸運だったと思います。
付け加えると、この選択は一度決めて終わるものではなく、毎年・毎期、自分に対して小さく確認し続けるものでした。「自力で稼ぐ」という方針は、思想のように聞こえるかもしれませんが、実際には、日々の営業・開発・契約・請求の運用そのものです。派手な決断というより、地味な継続の集合です。
生き残った今だからこそ思うこと
10年以上経って、一定の売上と顧客基盤を持ち、チームを養い、自分と家族の生活を回すことができるようになりました。外から見れば「一応、そこそこ続いている会社」くらいには映っているかもしれません。そういう意味では、ある種の安定に辿り着いた側の起業家だと思います。
ただ、ここで絶対に書き留めておきたいのは、「生き残ったこと」が「正しかったこと」を意味するわけではないということです。生き残るためには、運の要素も、タイミングの要素も、周囲の支えも、たくさんの形で働いています。自分の判断が優れていたから残ったのではなく、残れた理由の多くは、自分の制御の外にありました。
そのうえで、正直に書かなければならない現実もあります。かつて自分のことを軽く扱った方々の中で、すでに事業が止まっている方、会社を畳んだ方、公の場から静かに姿を消した方が、実際にいらっしゃいます。それらは、自分に対する皮肉のように起きた出来事ではなく、単に起業というフィールドの残酷さが、平等に皆に向けられた結果だろうと理解しています。
当時、自分を強く評価してくださった方も、強く否定された方も、どちらも同じ時代の同じ熱量の中で言葉を発しただけで、その方々自身、その言葉に長期の責任を持てる状況にはいなかったのだと、今は思います。だからこそ、自分もまた、今誰かに対して下す評価の重みを、できるだけ控えめに扱おうと努めています。
この章で強調したいのは、勝ち残りの自慢ではなく、「評価の言葉は、発する側も受け取る側も、時間によって形を変える」というシンプルな事実です。そしてその事実を踏まえると、今目立っている側に自分がいようと、逆の側にいようと、姿勢として持つべきものは、同じだろうと思います。
起業家としての戒め
10年を経て、自分自身への戒めとして整理している言葉があります。どれも派手ではなく、新しくもないかもしれません。それでも、折に触れて自分に言い聞かせるようにしています。
① 外部の評価を絶対視しない
称賛も否定も、多くの場合は一時的。事業の判断基準を他人の言葉に預けないこと。数字と顧客の声を一次情報として自分で触れ続ける。
② 一瞬の可視性を実力と勘違いしない
メディア露出、受賞、登壇。どれも嬉しいが、事業の実態ではない。注目されている瞬間ほど、自分の足元を意識的に確認する。
③ 小さく見える事業を軽く扱わない
地味に続いている事業ほど、長く効くキャッシュフローと顧客信頼を持っている場合が多い。派手さの尺度で他社を測らないこと。
④ 調達を継続性と混同しない
資金調達は一つのマイルストーンであって、事業が続く保証ではない。調達後に消えた事業も、調達せず続いた事業も、両方ある。
⑤ 市場が褒めてきたときこそ謙虚でいる
短期の追い風は、自分の実力ではなく市場の都合。褒められている時期に構造を一段整えておくと、追い風が止んだ後にも残る土台になる。
⑥ 今日の物語が明日も有効だと信じない
ストーリーは賞味期限が短い。昨年の正解が今年の足かせになる可能性を、常に意識する。定期的に自社の前提を疑う時間を作る。
これらは、自分が守れているかどうか自信のない項目ばかりです。書いておくことで、少しでも意識に留まるようにしています。
経営に本当に必要なのは、派手さより継続性である
「目立つこと」と「続くこと」は、重なる部分はありますが、同じではありません。目立つことで得られる短期の追い風は確かに大きく、採用・営業・資金調達の面で有利に働きます。ただ、目立ち続ける体力を、事業の本質的な価値と並行して持ち続けるのは、多くの場合、想像以上に消耗する仕事です。
一方、続くことを優先した経営は、一見地味です。SNSに映える瞬間は少なく、数字のジャンプもゆっくりです。けれど、キャッシュが毎月入り、顧客が静かに増え、社員が辞めずに残り、創業者が燃え尽きずに毎朝起きられる——この日々が積み重なると、派手さとは違う種類の強さが、確実に形になります。
継続性を支えるのは、次の3つだと考えています。(1)キャッシュを生み続ける力——売上と利益の構造が、外部の都合に依存しすぎないこと。(2)現実に根ざした意思決定——物語ではなく、数字と顧客の声に基づいて決めること。(3)謙虚な実行——派手な宣言より、地味な作業の精度を守ること。
この3つは、すべて静かな仕事で、承認欲求をほとんど満たしません。だから、意識的に自分に課し続けないと、いつの間にか派手な側に身体が傾きます。自分も、何度も傾きました。そして傾くたびに、続けることの方が結果として利いてくる、という場所に戻ってきました。
KicStoneが目指しているもの
KicStoneは、勝者のためのプロダクトではなく、経営を静かに続けようとしている人々のための道具として設計しているものです。10年以上、自分自身が経営の中で体験してきた迷いと痛みの観察から、少しずつ輪郭を定めてきました。
意思決定を構造化する
過去の判断、未決の論点、判断の根拠——これらが曖昧に頭の中だけに存在すると、同じ場所で同じ議論を繰り返し、同じ失敗を繰り返します。KicStoneは、これらを静かに書き留め、後から参照できる形で残す運用を支えます。派手な決定サポートではなく、日々の判断を積み上げるための土台です。
計画を明確にする
目指す場所、仮説、KPI、期限を層として持つことで、日々の作業がどの目標に紐づくかを曖昧にしないようにします。計画は書類を作ることではなく、毎日の判断の下支えとして使えるかどうかで価値が決まります。
課題を可視化する
営業、プロダクト、採用、資金、家族——同時に多くの課題が立ち上がる経営では、優先順位を一人で保つことが難しい瞬間が増えます。KicStoneは、これらを計画の構造の上で整理し、「今、最初に手をつけるべきは何か」を見やすくすることを目指しています。
不確実な状況の中で、冷静に考える支え
市場の流れ、資金環境、外部評価——これらは揺れ続けます。揺れの中で派手な選択肢に流されないためには、数字と事実に戻るための仕組みが必要です。KicStoneは、この「戻る場所」として機能することを意図しています。
KicStoneの全体像については、別記事「KicStoneとは何か?意思決定を構造化する経営プラットフォーム」でも整理しています。本記事は、その背景にある個人的な経緯として読んでいただければと思います。プロダクトを作るに至った経緯については、あわせて「福岡市のスタートアップシティ化を見てきた私が、なぜKicStoneを作ろうと思ったのか」でも振り返っています。
派手な評価の前に、まず自社の経営の足元を整理してみませんか?
外からの評価、SNSの空気、業界の潮流——どれも大事ですが、長く残るのは、自社のキャッシュと、顧客の信頼と、経営者自身の判断の一貫性です。これらの足元は、意識的に立ち止まらないと、忙しさの中ですぐに曖昧になります。
KicStoneは、計画・意思決定・課題という地味な層を、忙しい経営者でも続けられる形で整理するための道具として設計しています。派手な成長を約束するプロダクトではありません。長く続く経営を、静かに支える位置づけです。
※ 無理な営業はありません。まずは自社の計画・意思決定・課題の整理から、無料でお試しいただけます。
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よくある質問(FAQ)
- Q. 資金調達に失敗したら起業は難しいのでしょうか?
- A. 難しい、というより「道が変わる」と表現する方が実感に近いです。資金調達は事業を加速させる手段のひとつですが、失敗したからといって事業そのものが終わるわけではありません。自分の場合は、調達が何度も実を結ばなかった時期を経て、受託・サービス提供・自社事業を組み合わせて自力で稼ぐ経営に少しずつ舵を切りました。調達できる事業と自力で回す事業では、設計する事業モデルそのものが変わります。調達のない道には、ゆっくりでもキャッシュが積み上がり、判断の自由が残るという別種の強さがあります。
- Q. 自力で稼ぐ経営に向いている人の特徴はありますか?
- A. 第一に、自分の技能で継続的に対価を得られる力があることです。エンジニアリング、デザイン、専門知識、業務経験など、相手の課題と自分の技能を素早く接続できる個人は、自力経営に向きます。第二に、外部の期待値に引っ張られすぎずに、自社のペースで意思決定を維持できる気質です。華やかさより継続性を選べるかどうか、地味な積み上げに価値を見いだせるかどうかは、資金調達型経営とは異なる適性として、はっきり存在します。最後に、短期のリターンより長期の耐久力で評価されたいタイプかどうか、も重要な条件です。
- Q. 地方で起業を続ける難しさは何ですか?
- A. 情報密度、資本密度、同業者との接点の量など、いくつかの面で大都市圏と差が出るのは事実です。ただ難しさは「地方だから」というより、「コミュニティが狭いゆえに、評価や噂が事業の現実以上に可視化されやすいこと」にあるように感じます。良い話も、辛い話も、すぐ広がります。一方で、静かに積み上げる時間を確保しやすい、生活コストが相対的に低い、家族との時間を設計しやすい——といった強みもあります。地方での起業は、派手さで戦うより、長く続けるための余白を活かす方向に適性が寄っていると感じます。
- Q. 外部評価に振り回されないためにはどうすればいいですか?
- A. 完全に振り回されないのは、人間である以上ほぼ不可能です。現実的に意識しているのは、「評価より、自社の数字と顧客の声を先に見る習慣」を作ることです。売上、キャッシュ、継続率、顧客からのフィードバック——これらの一次情報を自分で定期的に触れるようにしておくと、外からの評価が揺れても、自社の健康状態を見失いにくくなります。もうひとつは、評価してくれる人・してくれない人の両方を長く観察することです。5年・10年のスパンで見ると、評価の言葉そのものの重みは、驚くほど変化します。
- Q. 生き残る経営者に共通するものは何ですか?
- A. 自分が見てきた範囲では、共通項は「才能」よりも「設計」にあるように思います。派手な成果の前後に関わらず、キャッシュが尽きないように事業を設計しているか、意思決定を記録して同じ失敗を繰り返さない仕組みを作っているか、体調と感情を崩さない運用を組み込んでいるか——こうした地味な設計の有無が、10年以上のスパンで効いてきます。才能や情熱は確かに重要ですが、それだけで続く事業は、自分が見てきた中では多くありませんでした。
まとめ:続ける経営は、自慢することではなく、戒め続けること
起業には、外から見えない痛みが確かに存在します。準備した計画が通らない夜、言葉を信じた相手から軽く扱われる午後、登壇の舞台から降りて一人で打ち合わせに向かう地下鉄の車中——これらの瞬間は、おそらく多くの起業家が、形を変えて経験しています。自分もその一人で、決して例外ではありません。
外部からの評価は、称賛であれ否定であれ、想像以上に流動的です。時間が経つと、発する側も受ける側も、同じ言葉に同じ意味を見出さなくなります。その事実を踏まえると、今の評価に重みを置きすぎず、かといって軽んじすぎず、自分の事業の数字と顧客との関係を、淡々と見続ける姿勢が、結果として判断の質を守ります。
生き残れたのは、正しかったからでも、優れていたからでもなく、運と、周囲の支えと、少しずつ積み上げた地味な設計の恩恵です。続いている側にいることは、誰かを見下す理由にはなりません。逆に、続けている側ほど、今後いつ転ぶか分からないという感覚を、静かに抱えているべきだと思います。
この記事は、10年以上続けてきた一人の起業家が、自分への戒めとして書いたものです。他の誰かを励ますためでもなく、誰かを非難するためでもなく、同じ場所でしんどい夜を過ごしている人が、少しだけ気持ちを整理しやすくなるように、書きました。続ける経営に必要なのは、派手さより継続性、自慢より戒め、そしてそれらを静かに支える数字と顧客です。
今、同じような場所で苦しい夜を過ごしている起業家の方がいるとしたら、この記事がほんの少しの慰めや、ほんの少しの実践的な助けになれば嬉しく思います。結果は時間が決めます。今できるのは、明日も机に向かうことだけです。