福岡市のスタートアップシティ化を見てきた私が、なぜKicStoneを作ろうと思ったのか
この記事は、KicStoneのプロダクト説明ではなく、書き手自身の背景と、ひとつの地方都市の変化を長く見てきた人間の目線の記録です。もう少し正確に言えば、40年以上を福岡で過ごし、一度だけ東京で数年働き、また福岡に戻って起業した一人の経営者・エンジニアが、現場でスタートアップと関わり続けるうちに「何が繰り返し足りなかったのか」を振り返るための文章です。
福岡は、ここ15年ほどの間に、スタートアップという文脈の中で語られる都市になりました。ゆっくりとした、しかし確かな変化です。その変化の途中に私は住み、暮らし、働き、受託開発で多くのスタートアップと関わり、同時に自分自身の事業を経営してきました。支援プログラムや行政施策の恩恵も受けました。表彰を頂いたこともあります。
そうした経験を積み重ねる中で、徐々に腹落ちしてきたことがあります。スタートアップに必要なのは、もっと多くの支援でも、もっと熱い物語でもなく、経営の地味な「構造」だということ。そして、その構造を積み上げる道具が、現場には意外なほど足りていないということ。KicStoneは、この観察から出発したプロダクトです。
自慢を書きたいわけでも、大きな旗を掲げたいわけでもありません。誇張せず、しかしこれまで見てきたものに嘘をつかないトーンで、なぜKicStoneを作ることになったのかを整理します。読み物として、どなたかの判断の材料になれば嬉しく思います。
福岡市の変化を長く見てきた
福岡で生まれ、小中高とこの街で育ちました。街の中心部も、海沿いも、山の方も、子どもの頃からの地続きの風景として記憶しています。40年を超える時間を過ごしてきた土地は、好きとか嫌いというより、呼吸の一部に近いものです。
この街が「スタートアップ」という言葉で語られ始めたのは、2010年代に入ってからだと記憶しています。最初は、一部のカフェや勉強会の小さな集まりから始まり、やがて支援制度や拠点施設ができ、海外からの視察が増え、国内外のメディアで名前を目にする機会が増え、地下鉄の駅で起業関連の広告を見かけるようになりました。
変化は急でも派手でもなく、年単位で少しずつ積み上がっていく種類のものでした。ある日突然スタートアップシティになったわけではなく、現地にいる人から見れば「去年より人が増えたな」「この施設、前はなかったな」という積み重ねの果てに、気づけば全国で言及されるような場所になっていた、というのが正直な感覚です。
だからこそ、外部から短期間で訪れた人が語る福岡と、長年住んでいる人間が見てきた福岡には、どうしても解像度の差が出ます。良し悪しの話ではなく、単純に、見えている時間軸が違います。この違いは、後述するKicStoneの設計思想にも、静かに影響しています。
一度東京で働き、福岡に戻って起業した
20代のうちの約5年間は、東京で働いていました。スタートアップや新規事業の現場で、エンジニアとしてプロダクト開発に関わっていた時期です。密度の高い時間で、学びも多かった反面、自分の人生の座標を置く場所としてはやはり違う、という感覚は消えませんでした。
30歳前後に福岡へ戻り、しばらくして会社を立ち上げました。あの頃、周りから「なぜ東京で広げないのか」と何度か聞かれました。筋の通った答えを用意していたわけではありません。ただ、長く続けられる場所で、自分のペースで意思決定を積み重ねていく——その感覚を優先した選択でした。
東京と福岡の両方で働いた経験は、今振り返ると、どちらかを優劣で語るための材料ではなく、「同じ事象が、場所によって違って見える」という視点を与えてくれました。東京の速度、福岡の丁寧さ、情報密度、ネットワーク、生活の余白、家族との時間の取りやすさ——いずれも、どちらが良いではなく、どういう事業とどういう人生にはどちらが向く、という話だと今は考えています。
この「外の目線と内の目線の両方を持つ」経験は、後にスタートアップ支援の現場を見るときにも役立ちました。支援プログラムを東京的な速度で設計しても、福岡の時間軸には合わない部分がある。逆に、福岡の空気だけで設計すると、世界と接続するスタートアップの要件からは外れる部分がある。両方の違和感を、自分の皮膚感覚として持てるようになった、という意味で、回り道はたぶん必要でした。
エンジニアとして多くのスタートアップのプロダクト開発に関わってきた
ReactやiOSを中心に現場で作ってきた
起業してからの10年超は、自社事業と並行して、スタートアップのプロダクト開発を受託する形でも関わってきました。主戦場はReactを中心としたフロントエンド開発と、iOSのネイティブアプリ開発です。デザインに寄った案件も、業務系の堅いUIも、コンシューマー向けの画面遷移の細部にこだわる案件も、それぞれに手を動かしてきました。
スタートアップのプロダクト開発は、綺麗な工程を踏めることの方が珍しく、多くの場合、仮説と実装と検証が同時に走ります。理想的な設計と現実の納期のあいだを、短い対話と素早い決定で埋めていく——この現場の肌感覚は、座学では得られない種類のものでした。
アクセラレーター上位のスタートアップにも関わってきた
幸運にも、国内外のアクセラレータープログラムで上位に選ばれたチームや、大規模な産業・都市系のイノベーション創出プログラムに採択されたスタートアップの受託開発に関わる機会が何度かありました。万博関連の企画に連なる案件や、名前を耳にする大型プログラムに接続したプロジェクトもありました。
こう書くとやや華やかに聞こえるかもしれませんが、中の景色は驚くほど地味で、同時に厳しいものでした。注目を集めるプログラムであるほど、期待値と実装可能な範囲のギャップは大きくなります。物語としての見栄えと、現場で毎日進めるべき小さな判断の間には、想像以上の距離がある——これを何度も目撃しました。
作る力だけでは越えられない壁を見てきた
エンジニアとして現場に入るほど、「作れるかどうか」は事業の成否を決める一要因にすぎないことが分かってきました。どんなに良いUI、どんなに綺麗なコード、どんなに丁寧なアーキテクチャを用意しても、事業側で「誰に・どう届け・どう続けてもらうか」が言語化されていなければ、プロダクトは結局空回りします。優れた実装とビジネスの結実が、思ったよりも連動しない——これは、書籍ではなく現場で繰り返し学んだことでした。
福岡市のスタートアップ支援の中でも一定の経験をしてきた
福岡市のスタートアップ支援プログラムやピッチの場では、年数を重ねる中で、いくつかの表彰や機会を頂きました。取り組みに対する評価を、複数の場でいただく機会があったことは、率直に有り難く思っています。地元の市長が自分の顔を見て名前で呼んでくださる程度には、地場の起業コミュニティの中で知られる存在になったとも思います。
こうした経験を書き留めるのは、自慢のためではありません。この記事の後半で、支援そのものの限界について語るうえで、「外から批評しているのではなく、制度の内側を歩いてきた人間が話している」という前提を共有しておきたいからです。
受け取ってきた表彰や機会の一つ一つは、単独で見ればたしかに励みになるものでした。一方で、長い時間軸で見ると、表彰が事業の連続的な成長や、関わったチームの長期的な健康と必ずしも一対一で結びつかないことも、同じくらい見えるようになりました。どちらも事実として受け止めておく必要があります。
このセクションで強調したいのは、地元の支援に恩恵を受けた人間として、敬意は変わらず持ち続けているということです。そのうえで、恩恵の内側にいたからこそ見えてきた「支援だけでは届かない領域」について、次から書いていきます。
それでも見えてきたのは、支援や熱量だけでは乗り越えられない問題だった
支援は大事です。資金調達、場所、ネットワーク、発信の機会、学びの場。これらが整備されていることと、整備されていないことの差は、現場で実感してきました。福岡がここまで可視化されてきた背景には、関わった方々の長年の取り組みがあり、その点に異論はありません。
ただ、支援を重ねても、熱量が高くても、それだけでは越えられない壁があります。多くの起業家が、次の4つの手前でつまずいていました。(1)意思決定——何を決めて、何を先送りしているのかが自分でも把握できていない状態。(2)計画——ゴール・仮説・KPI・期限が言語化されていない状態。(3)優先順位——今やること、今やらないことの区別が曖昧な状態。(4)実行——誰がいつまでに何をするかが、口約束でしか存在しない状態。
どれほど素晴らしい助言を受けても、受け取る器としてこの4つが整っていないと、助言は「良い話」で終わりがちです。そして、この4つは支援プログラムの外側にあります。制度の設計で埋められる性質のものではなく、起業家自身が自分の手で構造化していくしかない領域です。
一人の起業家として、一人のエンジニアとして、この「支援の外側に残る領域」に何度もぶつかってきた——それが、この記事の核になる体感です。他人事ではなく、自社の経営でも同じ壁に何度も当たりました。関連する論点は、別記事「スタートアップ支援はなぜうまくいかないのか?」でも扱っています。
プロダクト開発の現場から見えてきた経営の難しさ
プロダクトを作ることと、会社を経営することは、重なっているようで、実は別の仕事です。動くものをリリースする瞬間は、確かに達成感があります。しかしその翌日から、営業、顧客対応、契約、請求、採用、財務、ガバナンス、品質、カスタマーサクセス、そして次のバージョンの設計が、同時並行で走り始めます。
受託で入っていたスタートアップの多くは、この「作る」と「売る」と「運用する」と「続ける」の4つの間の断絶に、繰り返し苦しんでいました。アイデアも熱量も申し分ない。創業者のエネルギーは本物。それでも、全体を横断して見渡せる構造が整っていないために、判断が一貫せず、現場が疲弊し、離脱が始まる——こうした風景を、業種や規模を超えて、何度も目にしました。
自分自身の会社でも、同じ失敗をいくつも踏みました。朝決めたことが夜には曖昧になる。先月の判断の理由を思い出せない。メンバーが増えた瞬間に優先順位の認識がずれる。顧客対話の頻度が下がり、改善が内向きになる。これらは、能力の問題ではなく、構造を持つか持たないかの問題でした。
エンジニアとしての視点で言えば、これは「プロダクトのアーキテクチャ設計と似ている」と感じます。動作している機能が多くても、設計の骨格が曖昧だと、改修するたびに負債が積み上がります。経営も同じです。日々の判断が多くても、判断の骨格が曖昧なら、同じ論点が何度も蒸し返され、組織の学習は進みません。
なぜKicStoneを作ろうと思ったのか
KicStoneは、抽象的な理想から生まれたプロダクトではありません。受託で関わったスタートアップの数、自社経営で味わった迷い、支援プログラムの内側で観察した構造の欠落——それらの積み重ねの中から、ある一つの問いが残りました。「もし、起業家が日々の経営判断を、地味に・正確に・継続的に整理できる道具があったら、同じ失敗の繰り返しを、少しだけ減らせるのではないか」。
この問いは、特別な瞬間に浮かんだものではありません。むしろ、何度も同じ風景を見る中で、少しずつ形になっていった思考です。この記事の冒頭で書いた「構造」という言葉は、だいぶ長い時間をかけて自分の語彙に定着しました。そして、構造化という作業を支える道具が、世の中の選択肢の中に思ったほど多くないことに気づきました。
KicStoneという名前には、「kick(始動)」と「stone(石/土台)」という二つのニュアンスを込めています。華やかな成長を約束する名前ではなく、地面に置く地味な石——つまり、始まりの土台でありたいという思想を表した言葉です。事業を劇的に変える魔法のツールではなく、毎日の判断の質を、小さく一段ずつ支える土台として設計しています。
KicStoneの具体的な思想については、別記事「KicStoneとは何か?意思決定を構造化する経営プラットフォーム」でも整理しています。本記事はあくまで、そこに至るまでの経路を描いたものとして読んでいただければと思います。
KicStoneで目指していること
KicStoneが目指しているのは、奇抜な機能の提供ではなく、次の4つの地味な働きを、誰もが続けられる形で運用できるようにすることです。
意思決定を構造化する
いつ・誰が・どの情報をもとに・何を決めたか。そして今、未決のまま残っている論点は何か。このログを積み上げられる状態を作る。
計画を明確にする
ゴール・仮説・KPI・期限を層として持ち、日々の作業がどの目標に紐づくかを見える化する。計画書ではなく、日常で使える構造として扱う。
課題を可視化する
営業・プロダクト・採用・資金など、ばらばらに見える課題を計画の構造の上で整理し、優先順位の議論を建設的にする。
日々の実行と経営思考をつなぐ
現場の一日が、経営の問いに接続される状態を作る。実行の小さなログが、経営の判断材料として積み上がる流れにする。
どれも派手な機能ではありません。けれども、長く事業を続ける中でこの4つが揃っていることと、揃っていないことの差は、何年もかけて大きな差になって返ってきます。KicStoneは、この4つを揃えるための地味な運用を、継続しやすい形で支えることを目指しています。
福岡から見えてきたこと、これからやりたいこと
地方都市で長く事業を続けてきた立場から言えるのは、地域のスタートアップエコシステムは、一気に変わるものではなく、毎年の小さな積み重ねでしか変わらない、ということです。制度、場所、情報、人——どれも欠かせませんが、その上に「日々の経営を構造として運用する習慣」が乗らないと、エコシステム全体として学習が積み上がりません。
福岡のこれからにとって重要なのは、派手な旗印を増やすことよりも、一社一社の中での整理と判断の質が、静かに底上げされていくことだと感じています。KicStoneは、そのごく一部を技術として支える立場です。すべてを解決する道具ではありませんが、同じ失敗の繰り返しを少しだけ減らす——その程度の貢献を、長く続けたいと思っています。
福岡で起業することの具体的な情報や動き方については、別記事「福岡市で起業する方法・スタートアップ支援を徹底解説」でも詳しく扱っています。本記事の読み口とは異なる、実務寄りの記事としてご覧いただけます。
そして、この動きは福岡に閉じたものではありません。地方でも、東京でも、海外でも、経営の仕事に構造が足りないという現実は変わりません。福岡の経験を起点にしながら、同じ構造に関心を持つ方々に、少しずつ届くプロダクトにしていきたいと思っています。関連記事として、営業と経営委譲をテーマにした「営業人材の採用はなぜ経営者のタスクを最も切り出しやすいのか?」も、近い問題意識を扱っています。
まずは、自社の意思決定や計画の状態を整理してみませんか?
支援やツール、ノウハウにアクセスする前に、ひとつだけ立ち止まって確認したい問いがあります。自社の現在の課題は、自分の中で言語化されているか。意思決定の履歴はどこかに残っているか。計画は、日々の動きに接続されているか。
これらは、小さな整理の積み重ねから始まります。KicStoneは、派手な変化を約束するプロダクトではなく、毎日の整理を地味に続けやすくするための道具として設計しています。派手ではない、しかし長く効くタイプの改善として、ご検討いただければ幸いです。
※ 無理な営業はありません。まずは自社の計画・意思決定の状態の整理から、無料でお試しいただけます。
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よくある質問(FAQ)
- Q. なぜ福岡で起業しようと思ったのですか?
- A. 20代で東京のスタートアップに関わった経験を経て、30歳前後に福岡へ戻って起業しました。福岡を選んだ理由は、特別な制度や補助があったからというより、40年以上暮らしてきた土地の呼吸が自分のリズムに合っていたこと、そして当時から少しずつ可視化されつつあった福岡の起業環境に、長期の目線で関わっていきたいという素朴な気持ちがあったことです。華やかな物語ではなく、自分が続けられる場所を選んだ結果として福岡になった、というのが一番近い説明です。
- Q. エンジニア経験は経営にどう役立ちましたか?
- A. フロントエンド(React)やiOSアプリ開発を現場で続けてきた経験は、技術そのもの以上に、「プロダクトが顧客の手に届くまでに何が起きるか」を肌で理解する助けになりました。作る時間、削る時間、壊す時間、直す時間——このリアリティを踏まえた上で経営判断ができるかどうかは、期限・品質・組織のバランスに直結します。一方で、エンジニア出身だからこそ、作ることに寄りすぎる自分のバイアスにも自覚的でいる必要があり、意識的に経営・営業・顧客の時間を確保するようにしています。
- Q. スタートアップ支援だけでは足りないのはなぜですか?
- A. 支援そのものに価値がないわけではありません。資金、場所、ネットワーク、学びの機会はいずれも有意義です。ただし、支援が届くか届かないかを分けるのは、受け取る側——起業家自身——が、自社のフェーズ・計画・課題・意思決定を構造として整理できているかどうかです。整理のない状態に助言を注いでも、良い話のまま流れていきます。支援の質を高めるためには、起業家側に受け止める器が必要で、そこを埋めるのが構造化の仕事だと考えています。
- Q. KicStoneはどのような課題意識から生まれたのですか?
- A. エンジニアとしてスタートアップのプロダクト開発に10年以上関わる中で、優れたアイデアと熱量を持つチームが、計画・優先順位・意思決定の構造がないまま走り続け、疲弊していく場面を何度も見てきました。同時に、自身も経営者として似た課題に直面しました。熱量は燃料、構造は骨格——骨格がないまま燃料を燃やし続ける経営の厳しさを繰り返し目にしたことが、KicStoneを作る直接の動機です。華やかな機能のプロダクトではなく、地味な整理の積み重ねを支える道具として設計しています。
- Q. KicStoneはこれからどのような使い方を目指していますか?
- A. 起業家・経営者・スペース運営者が、それぞれの日常の中で自然に使い続けられる道具であることを目指しています。新しい作業を増やすのではなく、すでに頭の中で行っている判断・計画・整理を、外に出して扱いやすくする位置づけです。長期的には、福岡を含む地域のスタートアップエコシステムに対して、「構造を持ち寄れる場」として貢献していければと考えています。機能の多さより、運用の馴染みやすさを大事にしていきたいと思っています。
まとめ:長く見てきたことと、積み上がった現実から
福岡という街を40年以上見てきて、一度離れ、戻って起業し、スタートアップのプロダクト開発と自社経営を10年以上続けてきました。表彰や機会もいただき、支援の内側を歩いてきた時間もありました。華々しい物語ではありませんが、地面を歩いて積み重ねた時間は、それなりの量になります。
その中で繰り返し見てきたのは、助言の不足でも、熱量の不足でも、ツールの不足でもなく、「経営の仕事を構造として扱う習慣」の不在でした。良い助言も、優れたプロダクトも、構造を持たない経営の中ではすぐに流れていきます。逆に、地味な構造を積み上げている経営は、派手さはなくても、同じ失敗を繰り返さない強さを獲得していきます。
KicStoneは、この観察から生まれたプロダクトです。流行に合わせて設計したものでもなければ、一気に世界を変える宣言をするためのプロダクトでもありません。一人の起業家の、10数年の仕事の中で、何度も同じ場所に戻ってきた問いに対する、ひとつの具体的な応答です。
道具としては地味な部類に入ると思いますが、地味であることに意味があるとも考えています。派手な道具は短期間で消費されやすく、地味な道具は長く使われやすい。経営に必要なのは、短期間で話題になるものよりも、長く使い続けられる土台の方です。KicStoneが、読者の皆さんの経営の中で、小さくても長く役立つ石のひとつとして置かれることがあれば、書き手としてこれ以上嬉しいことはありません。